人間関係の喜び

幸せの基盤は喜ばしい人間関係にあることを

今の自分で気持ちいい

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2日のブログには、
前回は「気分いい」ってことを書きましたけど、
反対に「気分が悪い」状態に生きてるとしたら、
これほどつまんない ・ ・ ・ というか、
それより、
「苦しい」って言ったほうがいいでしょうか、
あるいは、生きてることも、自分のことも、
「嫌んなちゃう」悪感情が起こってくるとか、
そんなふうだったら、何と不幸なことでしょう。

あの、「気分いい」って、
「自分に満足してる」ことでしょうから、
べつにねえ、
他の人から「どう見られてるか」とか、
「どう思われてるか」なんて問題にもならず、
自分はこんなふうにしてうれしいってことを、
どんどんやっていくってことになって、
そういうの、楽しいですよね。

でも、「他の人から好かれたい」とか、
自分の「立派さを証明したい」みたいな、
「他の人の気持ち」にばっかり
気を取られるような人もいるようで、
そういうのって、みじめだと思いますけど。

じゃあ、どうして「自分の気持ち」より、
「相手の思惑」を気にしちゃうの?
・ ・ ・ って、理由はわかりませんけど、
そうなっちゃう人って、
「自分はこれで好ましいし、楽しいなあ」
っていう感覚が無いのかもね。

もしそうだったら、悔しいから、
他人に欠点があったり、悪い点があるとか、
そういうことを喜んじゃう気持ちになると、
地獄の入り口にさしかかちゃうかな?

ああ、やっぱり、
今の、この自分で気持ちいいし、
だから、
他の人とも楽しくできたらいいなって、
そんなふうに思えるのが幸福なことだなあと
思ったことでした。

なお、今日の添付写真は、立春なので、
庭のフキノトウにしました。