ほんとに花冷え

降る雪の中、桜花と菜の花の堤を散歩してきました。

こういう体験は珍しいし、もしかしたら、

今回だけかも?

 

帰宅してから、じょうよまんじゅう。

甘さが一段と強く感じられました。

そして、お酒(清酒)は、

今日は「花冷え」でいただきましょうか。

恋した思い出と共に

昨日、記事を書き終えましたから、
「公開する」をクリックしました。
そしたら、意に反して、
jky’s diary  に掲載されてしまいました。
どうしてそうなったのか、初心者なので、
まだ「わけがわからない」段階です。

それで、これから書く記事は、
「jkyのブログ」に載せたいんですけど、
今日はうまくいくでしょうか?

さて、回進堂の岩谷堂羊羹をもらいました。
十代の終わりに、私は、
岩谷堂出身の人を好きになってしまったんです、
もう、「ものすごく」です。

そんないきさつがありましたから、
岩谷堂羊羹を食べるにあたっては、
味がどうこう・・・というよりも、
まず、その人を思い出しちゃうんですね。

まあ、いいじゃないですか、そういう、
個人的な思いが付加されていても・・・って、
思います。
あの、「よけいにおいしい」です。
そして、ありがとう、感謝です。

新たな創造による生命力

ひりょうず(飛龍頭・飛竜子)、それ、
関東では「がんもどき」ですけど、
元々はポルトガル語で、
お菓子だったということを知りました。

ところが、菓子としては日本に定着せず、
豆腐料理に変質しちゃったんですとか。

ところで、日本の伝統といわれるものも、
昔どおりか?
・・・ということになると、
そうでもなさそうですね。

時代に合わせて、
少しずつ姿を変えながらも、
しかし、本質的なところは守って、
現代に受け継がれてきたのかもしれません。

つまり、旧来のものを墨守するだけではダメで、
常に「新しい生命力を吹き込む」ことが、
「絶やさないで継承していく」ためには、
必要不可欠なんだっていうようなこと、
よく言われていると思いますし、また、
ほんとにそうだなあと感じます。

ですから、
「こうしなくちゃいけない」みたいに、
堅苦しくばっかりすると、
生命力が衰えちゃうって弊害が、
生じるかなあっていうのが私の感想です。

話は全く飛躍するんですけど、
映画の「小さいおうち」がテレビ放送されました。
ヒロインの時子(松たか子が演じる)が、
夫の会社に入社してきた板倉に、
恋しちゃうんですけどね、そうしますと、
時子が急に生き生きしちゃいまして、
ああ、人生、「生き生き」ってこと、
ほんとに大切だなあと思いました。
(すぐに「不倫だ」とか、
社会規範みたいなものを持ち出しますと、
生きる喜びも活力も、
同時に失われちゃうと思います。)

ところで、映画のテーマなどとは無関係の、
ほんのちょこっとしたワンシーンなんかに、
心を動かされるってこと、
私にはよくあるんですけど、
明日は、そんなことも書ければいいかな?

人とのつながり

筝を弾く方から、
八ツ橋煎餅の話を聞きました。

八ツ橋煎餅の形が箏に似ていて、
箏と言ったら八橋検校なので、
それで、煎餅の名前を、
「八ツ橋」とした・・・っていうんですね。

八ツ橋煎餅は私好みの菓子じゃないんで、
今まで、気にもとめなかったんですけど、
名前の由来を知りましたら、
なんか、愛着がわいてしまいました。
・・・といっても、
食べたい菓子になったわけじゃありませんけど。

さて、八橋といえば伊勢物語が連想されますが、
「八橋」から八橋検校を思うっていうの、
いやあ、いいですねえ、そういう世界・・・

そしてまた、菓子にそんな名前をつけて、
食べる人に楽しんでもらおうとする気持ち、
ああ、日本に生まれて、住んで、
そういう日本のいいところが味わえるの、
うれしいです、私は。

また、菓子を作った人の、
菓子への愛着が感じられるんですね、
そういう名づけをするってことに・・・

ただ「食べておいしい」ってだけじゃなく、
作る人の愛情とか思いを、
食べる人が感じられるっていうの、それは、
おいしさ以上の、
心の喜びがあると思う私です。
・・・というか、
「味」は食べた時しか味わえませんけど、
菓子の名前から受けた感動って、
印象に残ったりするものなんですよね。

菓子を作る人、食べる人、それが、
全く知らない他人同士であっても、
作る人の思いを食べる人が受けとめられる、
そういう「人とのつながり」が感じられるって、
ああ、幸せなことだなあと思ったことでした。

ものごとは関連しあう

和歌をはじめとする古典文学って、
日本人の生活に大きな影響を与えてるなあって、
感じさせられることがたびたびあります。
たとえば和菓子だって、そうなんですよね。

三河の沢」と名付けられた菓子ですけど、
三河の国(今の愛知県)八橋のかきつばたは、「伊勢物

語」で有名ですから、それで、
かきつばたの花をデザインした菓子に、
その名まえをつけたんでしょうね、
菓子を見て、さらにその菓子名を聞いて、
伊勢物語の世界に思いを馳せるわけで、
そうしますと、たった一つの菓子が、
食べて楽しむ「菓子」という範疇を越えて、
豊穣な精神世界に遊ぶ楽しみを、
提供してくれることになるんだと思います。

そういうことって、
「連想」と関連するのかなと思いますけど、
先日、帆立貝の刺身をもらいましたので、
おいしくいただいたことですが、
私は帆立貝というと、
サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼を、
連想しちゃうわけでして、
つまり、それと同じような連想関係が、
三河の沢」という菓子の名前と、
伊勢物語の関連に見られると思うことです。

それで、ものごとの関連って、
特に人と人との関り合いは、
お互いに幸福な関り合いでありたいと、
それはすごく願うことですが、
明日は、八つ橋煎餅のこと、
書いてみようかなあと思います。

感謝して頂戴する

菓子をもらって、

こういう菓子があることを初めて知りました。

北海道は十勝の菓子で、「三方六」です。

 

「もらう」ことって、品物ばかりじゃなく、

好意だったり、親切だったり、愛情だったり、

いろいろありますけど、

無償で下さるものは、

感謝と共にありがたくいただくことが、

自分にとっても幸せなことだし、

相手に対しても、一番いいことかなあと思います。

旬の食材

ハテナブログを知ったその日に文を書いて、

その後、今日で3日目です。

初日、わけがわからないまま「公開する」をクリックしたら、掲載されてしまいました。

2日目の文章は、「公開する」をクリックしましたら、行方不明となってしまいました。

でも、いろいろ調べましたら、結局、ダイアリーというところに掲載されたみたいで・・・

 

じゃあ、今書いてるこの文、

「どこに掲載されるの?」ってことですが、

まあ、「どこでもいいです」、私の気持ちは。

それで、この文が掲載されたところに、

次回も投稿したいと思います。

 

さて、日本料理では「旬」を大切にするとか、

難しそうに感じた私ですけど、

ここのところ毎日食べてる蕗の薹、

天麩羅だったり蕗味噌だったり、

それって、「旬」ってこと?

 

だったら、「旬」って、

ちっとも難しくないことで、

うちの敷地内で採ってきた蕗の薹を、

そのまま料理すれば「旬」なんだって、

そういうことでいいのかなあ?