人間関係の喜び

幸せの基盤は喜ばしい人間関係にあることを

私の幸福感

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前回の続きを書きますけど、ヒロインの音は、
喜びのあまり、
「キャ~」っと言って畳に突っ伏した後、
半分起き上がり、
裕一に言います。
「なあに、アナタ!」
 
それで、あんまりうれしくて、
彼女、もう一回、畳に倒れこみます。
 
裕一も、「あなた」と言われて喜悦絶頂!
音といっしょに畳に突っ伏します。
 
いやあ、良かったです、良かったです、
久しぶりに歓喜のシーンを見まして、
とっても幸せでした ・ ・ ・
 
いいですねえ、いいですねえ、
新婚生活の始まり、
大好きな人といっしょに暮らしていける、
そして、初めて「あなた」って
呼んでみた。
それ、喜びで気分最高ですよね。
 
音は裕一にねだるんです。
「もう一回!」
 
音の、そして二人の、
新婚の喜びのシーンを見て、私もまた、
うれしさ Max に達しました。
私って、そういう心情、
そういう感覚、
そういう幸福感の持ち主なんです。

感動シーン

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連続テレビ小説「エール」31回で、
音が、「ねえ裕一さん。」って話しかけます。
 
音: 「これから何て呼べばいい?」
裕一: 「いやぁ、う~ん、僕は、
    何でもいいけど。」
音: 「私のことは、音でいいよ。
    呼んでみて!」
裕一: 「えっ?  今!」
音: 「早く。」
裕一: 「お、・・・音。」
 
とたんに、音は、「キャ~」っと喜んで、
畳に突っ伏してしまいます。
 
そのシーン、すごくよかったし、
忘れられません。
その脚本と演出、
誰によるもの?
・・・って思いましたし、もう、感動です。
 
続きを次回に書きます。

主体性が持てない人

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前回は
「主体性が大切」ってことを書きましたが、
「主体的に行動しない人」って、
いるんですよね。
なぜでしょう?
 
理由の一つとして考えられることは、
「自信がない」ってことかな?
・・・というより、
周囲の人々によって、
「自信が持てない人間」に
「されてしまった」のかもしれません。
 
あの、誰かを「支配しよう」と画策する人間は、
相手を意のままに操る方策として、
相手に「自信を持たせない」ようにするんですよね。
それ、人間関係としては最悪ですけど、
続きはまた、次回以降に書きたいと思います。
 
まあ、とにかく、
「相手を大切にしない」って、
すごくよくないことですし、
そういう態度の人って、
その人自身が不幸なんですよね。
 
さらに、
相手をひどく扱うことによって、
その人自身、
さらに不幸になっていくと思います。

主体性の大切さ

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コロナウイルスの件で、
このブログ、
いっぱいお休みしてしまいましたが、前回に続けて、
神崎良子ちゃんのことを書きます。
良子ちゃんは、
学芸会で主役のかぐや姫に選ばれたんですけど、
良子ちゃんは稽古の場で具合が悪くなり、
医務室に行ってしまいます。
旧友のたえちゃんが言います。
「緊張だに。主役だもん。」
音は、主役だったらうれしいんだろうって、
たえちゃんに言います。
するとたえちゃんは言います。
「音ちゃんみたいな人ばっかじゃないよ。
 良子ちゃんのお母さん、
 めちゃくちゃ、おっかないから。」
ああ、それじゃあ、私だって、
具合が悪くなると思いました。
そして、良子ちゃんは医務室のベッドで、
母の言葉を思い出しています。
母:「先生に言って、
   必ずあんたを主役にするでね。
   完璧にやりんよ。
   神崎家の恥になるようなまねだけは、
   絶対に許さんからね。」
今、コロナウイルス感染も恐ろしいですけど、
私だったら、良子ちゃんのママのほうが、
もっと恐ろしいです。
なぜなら、親子関係って、
「一生続く」からであって、
ママであれパパであれ、
そういうタイプの人から一生逃れられないとしたら、
地獄だと思うからです。
 
「周囲からの評価」に振り回される人っていうのは、
主体性を失ってる人だってことで、
それ、根本的に不幸なことだと思います。
なお、今日ブログが再開できたのは、
庭に咲いた牡丹のためです。

愛されて受け入れられる

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ありのままの、
「こういう自分」が、
もう、そのままで愛され、
受け入れてもらえるっていうのが、
私はとってもうれしいし、
喜びだし、幸せですね。
 
大人の私だってそうなのですから、
子どもだったら、
もっとかなあ ・ ・ ・ と思います。
 
そう思ったのは、
NНK連続テレビ小説「エール」の
第8回を見た時なんですけど、
神崎良子ちゃんが登場します。
 
彼女は、まだ大正時代だというのに、
一人だけ洋服で学校に行ってるのですから、
どういう家庭の子か、推し量られます。
また、彼女の母親も洋装ですし、
映し出された彼女の家の部屋は、
洋間なんですよね。
 
彼女の家が裕福であることは、
そのことからもわかりますけど、
家庭というものは、
楽しくて、安らぎの場であるってことが、
一番大切なことだと、私は思います。
 
ところが、その反対に、
家庭が「緊張の場」だったとしたら、
とてもいたたまれないと思うんですけど、
神崎良子ちゃんにとっては、
家庭が緊張の場になってると、
ドラマを見て、私は思いました。
 
それで、この続きは次回にします。

新型コロナウイルス不安

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今、新型コロナウイルスの感染が急拡大し、
人々の心が不安になっている現状ですから、
テレビ番組、
ダークサイドミステリー
魔女狩りの恐怖 
 なぜ人は、隣人を追いつめたのか?」
という番組を見た感想を、ちょっと書きます。
 
あの、社会に不安が増大すると、
魔女狩り」に類することが起こってくるし、
人々の心に、
魔女狩りを起こすような心情が芽生えるってこと、
コロナウイルス関連のニュースと見ていて、
思うことがある私です。
 
それで、必要なことは、
今目の前にいる相手の人に、
優しい心や温かい心で接するっていうことだと、
私は思います。

あの、昔の魔女狩りのことをテレビを見ましても、
魔女狩りをする人間の心には、
相手に対する優しい心や温かい心なんて、
完全に失われてるって思いました。
 
まあ、そうですねえ、
相手に対する思いやりの気持なんかがあったら、
相手を「魔女だ」なんて、
認定できませんものね。
 
新型コロナウイルスの不安に満ちた昨日今日ですが、
目の前にいる人、
相手の人、
そして、周囲の人々に対して、
優しく温かい気持が持てることこそ、
最重要なことだと思いました。

先が見えない苦しみ

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新型コロナウイルスの感染が激増傾向の今、
これから先のことが「見えない」し、
悲観的観測しかできない情況ですから、
心理的には苦しいし、希望が持てないし、
気分的にすごく悪い状態にあると思います。
 
前回書きましたコロナ離婚とかⅮⅤ、
そして、児童虐待なんていうのは、
元々、家族関係にですね、
よくない人間関係があったのが、
コロナストレスの増大によって、
一挙に顕在化したのかなあと思います。
 
でも、感染拡大を防ごうとする現状では、
地獄のような人間関係から逃れようとしても、
家族全員、家にこもらざるを得ないってことも、
あるでしょうねえ。
 
そうしますと、家庭が、
ますます地獄化することもあろうかと思いますが、
現状では、もう、どうすることもできませんね。
 
そうですねえ、
夫が仕事で家にいない時間帯があるから、
やっとのことで
ひどい扱いに「耐えて」生きてこられた妻とか、
親が仕事で家にいない時間があるから、
家出したり逸脱した行為に及ぶことが
やっとのことで防げていた子どもや青年も、
多いと思うんですね。
 
今回のコロナウイルスで、私は、
良い人間関係の重要さというものを、
改めて認識しましたし、
人の幸福は、
人間関係の喜びにあるんだっていうことを、
さらに言いたいと思います。