人間関係の喜び

幸せの基盤は喜ばしい人間関係にあることを

相手の「思い」を大切に

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再放送ドラマ「おしん」の、
昨日の放送を見たら書こうとしていたこと、
なぜか、昨日、放送がありませんでしたので、
書けませんでした。

そうですねえ、「おしん」と「希望」は、
血のつながった親子ではありませんけど、
心理的には、ほんとの親子と同じですね。

それで、私の感想ですけど、
親子の間で起こる問題の多くって、
「相手の自由意志」を認めないことによって、
発生することが多かなあと思われるんですね。

特に、親が子どもを「支配してる」場合は、
起こりやすい・・・というより、もう、
必然的に、深刻な事態に至ると思うんです。

そして、そういう情況では、子どもにとって、
信頼し、愛せる親ではなくなっちゃうと、
私は思います。

ところで、親のほうは・・・と言いますと、
自分(親)は「子どものため」を思って、
良い方向性を示し、親切にしてやってると、
「誤解してる」ことが多いかと思います。

そして、子どもが親とは違う思いを示すと、
「怒りを発する」親も、数多くいるように、
私は見てるんですけどね、結局、
「自分が正しい」んだし、
「自分が基準」だと感じてる親というのは、
そういう結果に陥る傾向が大だと思います。

悲惨なのは、親の自分がこれほどまでに、
「子供のことを思ってやってるのに」、
子どもが親を「裏切った」ように錯覚する、
そういう展開でして、そうなりますと、
親子関係が地獄になっちゃうと思います。

おしんのドラマ展開で、ナレーションが、
おしんを裏切ったのは
 希望だけではなかった」と言ってますが、
私は、もう絶対に、希望は、
おしんを裏切ったりしていないと思います。

あの、その反対にですね、おしんのほうが、
希望の気持ちを無視しているわけでして、
おしんと希望の関係では、もう明確に、
おしんのほうに非があります。

ですから、希望がおしんの家を離れたのは、
全く正解の人生選択だと思います。
一番残酷な展開は、
希望がおしんの気持ちを重視して、
家に留まって「おしんの言うとおり」にして、
やがて心に不満や毒が蓄積され、
「同居しながら心が離れる」関係に陥るとか、
面従腹背」に至るなんてことになったなら、
もうこれは、人間関係という表現よりは、
「敵対関係」の言葉がふさわしくなるでしょう。