人間関係の喜び

幸せの基盤は喜ばしい人間関係にあることを

肩書きや学歴の不思議

再放送ドラマ152話の「おしん」で、
竜三の母お清は、いつものように、
おしんから竜三にきた手紙を、
破り捨てます。

そして言います。
「はあ、山形さい帰ったて言うてきたけん、
 いよいよ竜三のことは
 諦めたて思うとったばってん、
 まだこがんしつこか手紙ばよこして、
 性懲りもなしに、
 どこまでしつこかおなごやろか!」

そして、竜三の妻にしたいと思っている、
女性のことを言います。

「この前見合いばした学校の先生のことも、
 まんざらじゃなかごた。
 うまくいってくるっぎ、
 あたいは肩の荷の下りっとばってん。
 お父さんのいくら反対しんさったっちゃ、
 竜三さえその気になってくるっぎ
 お父さんてん何も文句は言えんたいね。
 学校の先生しとっくらいの娘ない
 頭もよかろうし、
 田倉の家の嫁と言うても
 恥ずかしゅうはなか。」

そこで、竜三の兄の妻が言います。
 「うちさい来んさっぎ、
 どうせ野良仕事ば
 しんさっとでしょうもん。
 学問てん要らんじゃなかですか。」

すると、お清は言います。
 「そん人の来てくるっない、
 野良仕事てんさすっもんね! 
 早う子供ば産んでもろうて、
 よか孫ば育ててもらうさい。」

さて、お清は、竜三に対して、
以前、見合い写真を見せて、
こんなことを言ってたんです。

「どがんね?
 福岡の師範学校ば一番で出て、
 小学校の先生しよっとよ。
 年は27ばってん、
 そいで行き遅れたと。
 有田の窯元の娘で
 生徒にも慕われとっていうけん、
 そら心ん優しかおなごやろう。」

さて、話は変わりまして、
酒田の米問屋、加賀屋ですけど、
娘の婿に迎えたのは、
東京帝国大学を卒業した男性でした。

そこで今日の話題は、
人の肩書きとか学歴ということです。
世の中には、お清のように、
肩書きや学歴を重視する人って、
いっぱいいますよね、日本では。

私の気持ちや考えでは、
肩書きも学歴も、
その人がどういう人であるかを、
「表していない」と確信します。

しかし、日本社会もそうですけど、
他国でも、肩書きや学歴を、
異常に重く見る社会っていうのが、
実際にあるというのが現実で、
そこから、悲劇が生じることもあり、
そういうことはまた、次回以降に。

今日は、肩書きや学歴が、
不幸の原因になることがあるという、
私の考えを書いて終わりにします。